運動性放線菌の高度選択分離法
運動性放線菌とは生活環(Life cycle)の一時期に胞子または菌糸断片がべん毛により運動性を示す放線菌群で,形態学的観点から胞子のう胞子を形成する群(Actinoplanes, Dactylosporangium 属など)と気菌糸上に胞子連鎖を形成する群(Actinokineospora, Catenuloplanes 属など)に大別することができます.この菌群は,土壌や腐朽植物など自然界に広く分布しており,物質循環系において主に腐生菌として難分解性有機物(キシランやリグノセルロースなど)の分解に関与していることが推定されています.一方,Actinoplanes や Dactylosporangium から見いだされた抗生物質・arizonines や tiacumicins に象徴される新規抗生物質の生産者として医薬品工業上重要な菌群です.しかし,自然界からの純粋分離が極めて困難なことから,この菌群に関する生態学的研究や生理活性物質の探索研究は未だ不十分です.私共は,遊走子の化学走性(chemotaxis : 特定の化合物に誘因される性質)などを解明して利用することにより,運動性放線菌を天然試料から選択的に分離可能な方法の開発に成功しています.それらの方法は世界各地の研究機関で有用菌の検索や生態研究に使われ始めています.
I. 毛細管捕集法(Chemotaxis:化学走性利用)
運動性放線菌がバニリン(アイスクリームなどの香料に使われる)などの芳香族化合物の存在(濃度勾配)をキャッチし泳ぎ向かっていく性質を発見し,応用した方法です.ガラス毛細管(1μl 容,3 cm)内に誘因剤溶液を入れ,土壌から遊離した放線菌遊走子を捕集,平板培地上で培養したのち純粋分離する.分離平板上のほとんどの集落が運動性放線菌となる.
誘引剤
選択分離可能となった属
バニリン
Catenuloplanes,
Actinokineospora
γ-コリジン
Actinoplanes, Dactylosporangium
II. 花粉捕集-シリカゲル乾燥法(Baiting technique: 釣餌法)
希少放線菌・Actinoplanes の遊走子が黒松の花粉(顕微鏡でみると昆虫の目玉のような形をしている)に誘因される性質を利用しています.花粉の表面はスポロポレニンという非常に頑丈な有機物の層で覆われているのですが,Actinoplanes はそれを分解する能力を有しています.
a. ミニシャーレ(直径 4 cm)に土壌と水を入れ,ガス滅菌した黒松の花粉を水面に浮かべて培養する.
b. 土壌から花粉(径50μm)に到達し,生育した Actinoplanes (矢印は胞子のう)の走査型電子顕微鏡像.花粉をシリカゲルを用いて乾燥,共存する一般細菌を死滅させたのち,平板培地を用いて純粋分離をおこなう.
III. 乾熱-塩化ベンゼトニウム前処理法
Dactylosporangium 属放線菌の胞子(globose body)が熱や化学殺菌剤・塩化ベンゼトニウムに耐性を有することを見いだして,利用した方法です.土壌試料を前処理したのち,平板培地を用いて分離を行います.Dactylosporangium に対する選択性をさらに高めるため,培地には tunikamycin (抗生物質)を入れておきます.Dactylosporangium 属は指状の運動性胞子(指状の胞子嚢のう中に形成される)のほかに,globose body と呼ばれる非運動性の胞子様器官を形成します.私共は,globose body が出芽再生体であること,すなわち”胞子”に他ならないことを発見しました.
IV. 参考論文および著書
1) Hayakawa, M., Kajiura, T., and Nonomura, H.: New methods for the highly selective isolation of Streptosporangium and Dactylosporangium from soil. J. Ferment. Bioeng., 72, 327-333 (1992).
2) Hayakawa, M., Tamura, T., and Nonomura, H.: Selective isolation of Actinoplanes and Dactylosporangium from soil by using γ-collidine as the chemoattractant. J. Ferment. Bioeng. 72, 426-432 (1992).
3) Hayakawa, M., Tamura, T., and Nonomura, H.: Pollen-baiting and drying method for the highly selective isolation of Actinoplanes from soil. J. Ferment. Bioeng. 72, 433-438 (1992).
4) Hayakawa, M.$ Ariizumi, M., Yamazaki, T., and Nonomura, H.: Chemotaxis in the zoosporic actinomycete Catenuloplanes japonicus. Actinomycetol., 9, 152-163 (1995).
5) Hayakawa, M., Takeuchi, T., and Yamazaki, T.: Combined use of trimethoprim and nalidixic acid for the selective isolation and enumeration of actinomycetes from soil. Actinomycetol., 10, 80-90 (1996).
6) 早川正幸,野々村英夫:「土壌放線菌の選択分離法」(共著),日本放線菌学会(日本学会出版センター),東京(1993).
7) 早川正幸:「バイオサイエンスと放線菌」(分担執筆),医学出版センター,東京(1994).
8) 早川正幸,飯野洋光,野々村英夫:「放線菌図鑑」(分担執筆),朝倉書店,東京(1997).