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放線菌の新分離培地の設定

  放線菌の最大の生息場所である土壌には,一般細菌10^7/g,放線菌10^6/g,カビ10^4 /gなど多様な微生物が共存しています. このような複雑な微生物相から放線菌を選択的に分離することは容易ではありませんが, 有用微生物資源としての重要性に起因して,多くのの分離培地が提出されています.最も一般的な培地は,グリセリンやアスパラギンといった放線菌が利用しやすい栄養素を含んだもので, 寒天平板とし,この上に 土壌の水希釈液を塗り付け培養します. しかしそれらの培地でも,分離される放線菌の大部分は Streptomyces 属に限定(放線菌には 50 以上の属が知られています)されること, 多くの細菌も同時に出現してしまうことなどの問題があります. そこで,私たちは土壌中に生息するなるべく多くの放線菌をより選択的に分離可能な培地や方法の開発研究を行いました. 下記にに3つの方法を紹介しますが,それらの方法の原点は,土壌中の生態系をもう一度みつめなおしたところにあります.

 

 

希少放線菌の走査型電子顕微鏡写真​

I. 新分離培地腐植酸-ビタミン寒天(Humic acid-vitamin agar: HV agar)

  土壌微生物の多くは腐生性であり,土壌に還元された動植物遺体の分解に関与しているが,放線菌は分解過程の後期,即ち腐植化した有機物の上で優勢になることが知られていた.このことに着目し,土壌有機物の内,腐植酸(humic acids)画分を栄養素とする新培地・HV agar を創製した.また,実験室内で化学的に作成した人工腐植酸も培地成分として利用可能であった.HV agar の特徴は,既存の培地に比べ2~数倍も多くの放線菌が出現すること,放線菌の種類(属種)が多様であること,放線菌が良好に気菌糸を形成し他の微生物と区別されやすいこと,などにあります.HV agar は生理活性物質生産菌の検索に広く使われるものとなってきており,新しい抗生物質生産菌が数多く分離されてきています.また,この培地は新しい放線菌群の発見も導いています.

II. SDS 前処理法 

  放線菌の多くは,菌糸状に発育したあと,胞子を形成します.胞子は生存のための器官で適切な 環境が整えば発芽し新しい生活環が始まります.放線菌は土壌中では主に胞子の状態で生息していることが推定されていますが,胞子の一部は休眠状態にあり,適切な栄養環境でもなかなか出芽・再生しません.私共は,ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)や酵母エキスまた温浴処理に,この休眠を打ち破る作用,すなわち胞子の出芽活性化作用があることを見いだしました.

  SDS 処理法はこのことを応用したもので,土壌試料をプレーティングの前に,SDS-酵母エキス溶液に入れ熱処理(35℃)します.SDS は一般細菌に対して殺菌作用も有していますから,この方法の適用により,分離される放線菌数は増加するとともに,じゃまな一般細菌はほとんど出現しなくなります.

III. ナリジキシン酸-トリメトプリム添加法

  放線菌を選択的に分離する手段として,培地に放線菌には無害な抗生物質を添加して,目的外の微生物の生育を押さえる手法があります.長い放線菌研究の歴史の中で,なかなか適切な抗生物質は見つからなかったのですが,私共は多数の抗生物質を試験した結果,ナリジキシン酸とトリメトプリムがきわめて有効なことを発見いたしました.現在では,上述の培地や前処理法と抗生物質使用を組み合わせ,土壌微生物の一割にも満たない放線菌を,迅速かつ選択的に分離可能となっています.

IV. 参考論文および著書

1) Hayakawa, M. and Nonomura, H.: Humic acid-vitamine agar, a new medium for the selective isolation of soil actinomycetes. J. Ferment. Technol., 65, 501-509 (1987). 
2) Hayakawa, M. and Nonomura, H.: Efficacy of artificial humic acid as a selective nutrient used for the isolation of soil actinomycetes. J. Ferment. Technol., 65, 609-616 (1987). 
3) Hayakawa, M. and Nonomura, H.: A new method for the intensive isolation of actinomycetes from soil. Actinomycetol., 3, 95-104 (1989).
4) 早川正幸:土壌放線菌の選択分離法法および分布に関する研究.日本放線菌学会誌,4, 103-112 (1990). 
5) Hayakawa, M., Takeuchi, T., and Yamazaki, T.: Combined use of trimethoprim with nalidixic acid for the selective isolation and enumeration of actinomycetes from soil. Actinomycetol., 10, 80-90 (1996). 
6) 早川正幸,野々村英夫:「土壌放線菌の選択分離法」(共著),日本放線菌学会(日本学会出版センター),東京(1993).
7) Nonomura, H. and Hayakawa, M.: 「Biologu of Actinomycetes」Japan Scientific Societies Press , Tokyo (1988). 
8) 早川正幸:「バイオサイエンスと放線菌」(分担執筆),医学出版センター,東京(1994). 
9) 早川正幸,飯野洋光,野々村英夫:「放線菌図鑑」(分担執筆),朝倉書店,東京(1997).

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